『さーいしょーは、グー! じゃん、けん、ぽっ!』
 息の合った掛け声でも、手の形まではそうそう揃わない。今回は、一人が上に向かってグーを突き出し、他の一人が下の方に向けてパー、残り二人は大体地面と水平にチョキを出した。
 お互いに手を確認し、タイミングを計ってもう一声。
『あーいこーで、しょ!』
 頭上に掲げられたチョキと、横やや下に伸ばされたチョキが一つずつ、あとの二人はグー。
「やったー」
「よっしゃ抜いた!」
 グーの二人はそれぞれに喜び、ランドセルにぶら下げた体操着袋を揺らしながら階段を上る。
「ぐ・ら・た・ん」
「グ、ラ、タ……うお!」
 調子よく段を数えていた堺伸平(さかいしんぺい)が、二段目で抜かしたピンクのランドセルに、傘で襟元を引っ掛けられて大げさにのけぞった。
「バカおまえ、おちるだろ!」
 振り返りざま叫ぶ伸平に、四人の中の紅一点・宮岡秋良(みやおかあきら)は、けろりとした顔で舌を出して見せる。
「ちょっとムカついただけー。すぐにおいぬいてやるもんねー」
「やれるもんならやってみろ。次も! オレが! かつ!」
 自信満々に胸を張り、流行っている戦隊物の決めポーズまで付ける伸平に、秋良が白々とした視線を送る。そこへ、階段の上から声が降ってくる。
「つぎのじゃんけんしようよ~」
 こちらは唯一の一年生、長岡祐也(ながおかゆうや)。ちなみに他の三人は二年生である。「新」と付けておいた方が良いだろうか――進級したての彼らはまだ、お兄さん・お姉さんと呼ぶには少々頼りない。
「ちぇ、チョーシいいのー」
 年下の祐也がトップになっていることが、少々面白くない伸平である。口をとがらせて呟き、
「よっしゃ、抜くぞー! さーいしょーは、グー!」
 盛大に掛け声をかけた。残り三人が、階段の上下から唱和する。
『じゃーん、けーん、ぽん!』
 今度は一発で勝負が決まった。
「いえーい」
 得意気にパーの手を掲げたのは秋良。一人勝ちである。
「あ、このやろ」
「パ・イ・ン・コ・ッ・ペ♪」
 伸平が険悪になるのを無視して、秋良は軽やかに階段を上る。その途中で、下の方から情けない声が這い上がってきた。
「ぼくも上りたいのに~……」
 伸平の遥か下――十五段くらいであるが、一段一段に幅があるせいで更に遠く見えるそこに、五勝負ばかり負け続けの三谷慶太郎(みたにけいたろう)が立っている。
 この階段、愛称「五十階段」。正確には四十九段らしいが、その段数ゆえに、負けが込むと結構寂しい状態になるのだ。
「まだまだわかんないよー」
「けーたくん、がんばれー」
 秋良と祐也の応援に、そーだね、と気を取り直し、今度は慶太郎がジャンケンの音頭を取る。
「さーいしょは、グー! ジャン、ケン、ポン!」
 全員パー。更にあいこが二回続く。
『あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ!』
「うがあぁ、やられたッ」
 大げさに胸元を押さえたのは伸平である。
「あー……」
 慶太郎は、寂しそうに自分の出したチョキを見つめ、
『ぐ、ら、た、ん』
 祐也と秋良が揃って段を上る。
 彼らの間で、このゲームは「給食グリコ」と呼ばれている。見ての通り、グリコの変形版だが、同じ三沢町の子供でないと通じないので、どうやら町内独自のものらしい。発案者は謎だが、アルミカップのミニグラタンなどが給食に出るようになったのは、比較的最近のことだ。案外、現在の中学生あたりが火付け役なのかもしれない。
「さーい、しょーは、グー!」
 今度は秋良が、頭上で握った右手を振り回す。
『ジャーン、ケーン、ポン!』
 チョキが三人、パーが一人。
「くっそー、さてはオマエら、うちゅうじんのスパイだなっ」
「ぐーぜん、ぐーぜん♪」
 秋良が一人負けの伸平をあしらうのを頭上に聞きながら、
「やっと勝ったー。ち、く、わ、あ、げ、っと」
 ほのぼのと喜びをかみしめ、慶太郎が段を上る。伸平との差が少し縮まった。
「二人とも上ったー? 次のジャンケンしよー」
 春の空に元気な掛け声が響く。今日もにぎやかな通学路である。

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