おぎゃあ、と最初の一声が、産屋の中に響き渡った。

 それは歓喜の噴出かもしれないし、苦しみや悲しみの叫びであったかもしれない。あるいはもっと単純で形のない、衝動や本能につき動かされた声なのかも。
 しかし、産湯につかって母親の胸に戻され、ぬくもりを体じゅうで感じ取るうちに、最初の名もない感情の奔流は徐々に消えていく。代わりに満ちるのは、あふれんばかりの幸福感。
 母親になったばかりの娘が、小さな背中にそっと手を添え、よく頑張ったね、と耳元でささやく。赤ん坊は泣き続ける。自分はここにいると、生きていると、その喜びをすべての人へ伝えようとするかのように。

 産屋の外では、一人の自警団員が、漏れ聞こえてくる泣き声にふと足を止める。自分の子供を思い出し、しばし宙を見上げた彼は、腰の短刀を意味もなくにぎりしめ、そしてまた前を見て歩き始めた。今度は幸せにな、と口の中での呟きは、彼自身の耳にだけかすかに届いて、町の空に消えていった。

←前の話へ小説一覧へ