その老人は、何をするでもなく、広場の隅の目立たない辺りに、おっとりと居る。ある時は建物の壁に寄りかかって立ち、ある時は木の椅子や手押し車に腰を下ろして。そうして通り過ぎる人々や、立ち話をする母親たちや、大きな木の周りで遊ぶ子供たちを、微笑みを浮かべて眺めている。 老人が何をしたくてこの町に来ているのか、彼にはいまひとつ分からないまま。ある雨の日が明けてみると、老人の姿は忽然と見られなくなっていた。 誰かを探している様でもなく、何かを焦っている様でもなく、ただ人々の姿を見守る様に微笑んでいた老人が、一体どんな心の隙間を埋めて行ったのだろうかと、 彼はふと考える。 そしてこんな答に行き着くのだ。 自分の居なくなった後にも、残った人々は、それぞれの日常をたくましく生きていると――老人はそのことを確かめ、安心したかったのではないだろうか、と。