(1)


「言い訳なんていいんだよ! どんな運び方をしたらこうなるんだい、言ってみな!」
 そう言って、若い女が壮年の男に詰め寄っていた。多くの人で賑わう、朝の市でのことである。
 女の剣幕に周りの人々はすっかり気圧され、遠巻きに輪ができてしまっている。私が二人を止めに入ったのは、ほとんど条件反射であった。
「よさないか、あんたたち。何がどうしたというんだ?」
 声を張りながら近付く。商人らしき男は明らかに安堵の顔で、客らしき女は険のある形相のまま、私を振り返った。
「口を出さないでくれないかい? あたしはこいつに用があって喋ってるんだ」
 突っかかってくるのを宥めすかして話を聞く。女が言うには、最初、果物を買おうとして男に声をかけたらしい。その際、祝い事だから上等なものがほしい、との注文を付け加えた。
 ところが彼が出してみせたのは、皮にあちこち傷のついた、見栄えがいいとはとても言えないものだった。悪びれもせずに売りつけようとした、との女の弁である。そして腹を立てた彼女は、出直して来いとばかりに説教を始めたということだった。
 気持ちは分かるし、男の対応も上手くはなかったのだろうが…ここの空気を悪くされるのは有難くない。男には私が言って聞かせることにして、この場は終わりにしようと試み、どうにか納得してもらう。最後に男に声を掛けると、女から解放されて油断していたのだろう彼は、飛び上がって頭を下げた。

 その後、これ以上揉め事が起きぬよう、女の買い物に付き合い、家まで送ってやることにした。帰りの道すがら、話の種にと私は聞いてみた。
「豪華な晩飯ができそうだが、何の祝いなんだ?」
「ああ、一人息子の誕生日なのさ。今年は節目でね、ちょっと盛大にやろうとしてるんだよ」
 女の眉間に、次第に皺が寄る。
「それなのにあの頓珍漢、果物の性格も知らないくせに商人面しやがって! 潔く傷物だって言ってりゃ話にもなるのに、全く腹が立つ!」
 おっと、話が元に戻ってしまった。
「この際説教してやろうとしてたのに、あんたが邪魔するせいで…」
「それは申し訳なかった」
 軽く頭を下げて。
「あんたの言い分は、全くその通りだと思うさ。…しかしまあ、あの商人も懲りただろう。果物にしても、傷んでいたのは皮だけのようだし。許してやってくれないか」
「まあ、自警さんがそう言うなら、許してやらなくもないけどね。また他の人が、悪いもん掴まされなきゃいいけどね」
 この、金鎚で叩くような通る声、あくの強い性格を感じさせる物言い。そして、一度言い分を容れてから少し諭すと、意外にあっさり主張を曲げてくれる、この手応え…
「そのようなことが起きないように、私から良く言い含めておこう」
 似ている――という直感は、努めて気付かないふりをして、心の隅に押し込めておく。その後は当り障りのない話をしながら、女を家まで送り届けた。息子は留守のようだった。
 祝いの前に少々の波が立ってしまったわけだが、それで動揺するほど、彼女の肝は小さくないだろう。無事に祝いを済ませれば、腹の虫もおさまることだろう。
 私と話をするのも、これが最初で最後だろう…。

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