(4)


 翌日夜、雨の前の晩。私は遅くまで町を巡回し、そのまま町外れへ、ある建物へ足を向けた。
 そこは一階が飯屋兼酒場、二階が宿舎。自警の者の家であり、溜まり場ともなっている場所だ。死者の町で唯一、私たち生者が使わせてもらっている場所。
 私は適当な席に腰をおろし、酒を注文する。明るく復唱して厨房へ引っ込んでいった給仕は、生きている私よりもよほど生き生きとしていたかもしれない。仕切り役にだけ自警の者が就いている、そんな店だ。

 相席の自警仲間に、最近宿舎へ戻っていないことを尋ねられ、私は最近の出来事を語った。自警に役が振られることは、やはり珍しいことらしく、興味を持って集まってきた者が数人いた。
 自警の私に役が振られたということは、何か自分にしかできないことがあるのかも知れない。しかし、それが皆目見当もつかない。
 似ているがゆえに考え詰めてしまっているのだ、と自分でも思う。実際には、妻が生きていたとしたら、私と同じようないい歳になっているはずだ。だから同一人物であるはずはないのだが、理屈を考えた所で気持ちがおさまるわけでもない。気がつけば、息子を残して死んでいった妻はどんな思いだっただろう、などと栓ないことを考え始めている。
 女は救いを求めてここにきているだけ、いくら我が強かろうと、何も知らないのだ。妻と重ねてはいけないのだが、情が入ってどうしようもない。
 大息をついていると、深く考えなくていいのかも知れんぞ、と一人が言った。町の連中なんて、自分が何者かも覚えちゃいなくて、心の向くままに暮らしてる。そういう姿勢でいいんじゃないのか。少し肩の力を抜いて、普通みたいな暮らしをしてこいと、配剤をしている誰かさんに言われてるのかも知れんぞ…。


 店を出た時には、すっかり夜中になっていた。帰らなければ、と思って出てきたものの、女はさぞ腹を立てているだろう、との想像も浮かぶ。
 しかし、女と会った最初の日は朝帰りの状態だったのだ。それでも文句と特別料理で済んだことから想像するに、旦那が仕事にのめりこんで帰ってこないのは、女にとっては一定の頻度で起こり得ること。怒りこそすれ、それ以上の心配はしていないだろう。酒の勢いも手伝い、私は楽観的に構えていた。
 しかし、少々楽観が過ぎたらしいことを、帰宅してから知った。帰った時、家の中は真っ暗。それは良いのだが、女の姿がどこを探してもない。食堂、勝手場。居間、寝室。隠れる場所などそうはないし、隠れて意味があるとも、また隠れるような女の性格とも思えないのにだ。
(――外か)
 一体どこへ、なぜ。焦燥に囚われそうになるのを抑えながら、私は再び夜の町へ出て行った。

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