みんなの家に、サンタクロースは来る?
 たとえ今は違っても、小さい頃はきっと、誰でもサンタを信じていたんじゃないだろうか。枕元にお気に入りの靴下を置いてわくわくしながら眠ったこと。煙突が無い我が家にサンタは入ってこられるんだろうかと心配したこと。サンタを見たくて慣れない夜更かしをし、結局失敗して悔しがったこと――そしてクリスマスの朝、プレゼントを見つけて歓声を上げたこと。そんな思い出は、多くの人が持っていると思う。いつかは、プレゼントを届けてくれるのは自分の親で、サンタなんて存在しないと分かってしまうのだけど。
 私は実の所、ごく最近までサンタの存在を信じていた。父は会社の出張か何かで出かけていて、家には――会社の紹介らしい狭いアパートには、私と弟しか残っていないクリスマス。そんな時でも、朝起きると枕元にはプレゼントが置いてあるのだから、サンタは本当にいると思っても無理はない。
 私が三つの頃に死んだ母が、天国からプレゼントを届けてくれているんだ、という発想もないではなかった。でも、母からにしては、プレゼントのラッピングが華やか過ぎるのだ。小さかった私にも、母が華やかさよりは、柔らかさや優しさを好む人だということは何となく分かっていた。だから、母をほとんど覚えていない弟と同じように、私もサンタクロース説に落ち着いていったのだろう。父は性格的に、祖母は身体的に、どちらも贈り主とは思えなかったから。

*  *  *
 子供にはサンタが来るのに大人に来ないのはかわいそうだな、と思い始めたのは小三のクリスマスの頃。それなら、私たちがサンタの代わりに大人にプレゼントをあげればいいんだ、と思いついたのが小五の秋――去年のことだった。
「ねえねえ大樹……」
 自分の素敵な考えに嬉しくなって、私はさっそく弟に話を持ちかけた。
「おばあちゃんに、クリスマスプレゼント作ってあげない?」
「なんで?」
「だって、私たちはサンタさんからプレゼントもらうのに、おばあちゃんには何もなくてかわいそうじゃない? クリスマスでもあざみ荘に一人きりで、きっと寂しいよ」
 今住んでいるアパートは、祖母のいる老人ホームからはだいぶ遠く、行きたい時にすぐ遊びに行くことができない。私たちも寂しいし、祖母も同じはずだった。
「うーん、確かにかわいそうだけど……でもめんどくさい……」
 共感はしてくれるものの、まだ不器用で遊び盛りの三年生には、『作る』ということには賛成しにくいようだった。
「私が頑張るよ。大樹は手伝ってくれればいいからさ」
「じゃやる。何作るの?」
 私の頭の中に『買う』という考えは、なぜか浮かばなかった。それでは心がこもらない、と無意識に考えたのかもしれない。
「まだ決めてない。何か思いついたら教えてね」
「いーよ、姉ちゃんが決めて」
「そう?」
 こうしてあっさり計画は実行されることになり、私が全面的な責任者になった。

 その日の夕方、商店街に出かけた私は、食品を買う前に本屋へ足を運んだ。布か毛糸で実用的なものを作りたい――祖母が裁縫や編み物が得意だったことから連想して、そんな考えを抱いてはいたものの、私自身は手芸なんて、授業以外ではほとんどしたことがない。だから、何かヒントを探したかった。
「あら青葉ちゃん、お買い物?」
 布を使った小物の本を引っ張り出して眺めていると、後ろから声を掛けられた。アパートの管理人さんの奥さんだった。
「あ、こんにちは。おばさんもお買い物ですか?」
「そうよ、よかったら一緒に品定めしましょうか。……あら、手芸の本見てたのね。何か作るの?」
 奥さんは目ざとく訊いてくる。いろいろとよく気がついてくれる、頼もしい人なのだ。私たちにとっては第二のお母さんのような人でもある。
 プレゼントのことを言うと、奥さんは目を丸くした。
「まー、手作りするの! すごいわねえ、おばさん感動しちゃった。何作るの?」
「布か毛糸を使いたいな、って思ってるんですけど……それで普段から便利に使えるものがいいんですけど、作るものが思いつかなくて、迷ってて」
 この際だ、と私は質問をぶつけることにした。
「おばさんは、何がいいと思いますか?」
「あら、難しいわねえ……おばあさんにねえ、何がいいかしら。老人ホームに入ってらっしゃるのよね? お会いしたことないけど」
「はい」
「そうねえ、花瓶敷きとか、眼鏡ケースとか、ペン立てとか……おばあさんの周りにある小物で、いかにも支給品って感じで味気ないものなんてあったら、新しいのを作ってさしあげたらいいかもしれないわね。それか身の回りの物っていったら、何があるかしらねえ……」
 この舌の回り方はすごいなあ、といつも思う。喋りながら考えるタイプの人なのだ。
「青葉ちゃんに作れるかどうかも考えないと駄目よね。クリスマスまで――あと二か月くらいあるけど、どれくらいならできそうかしら。膝掛けとか寝巻きとかじゃ、ちょっと大物すぎる気がするけど、簡単すぎてもつまらないわよね? ……その本、どんなのが載ってるの?」
「うーんと、ポプリケースとか、毛糸のたわしとか……あんまり使えそうな感じがしないんですよね」
 それじゃあこっちはどうかしら、それとも……と、奥さんは一緒になって本選びをしてくれる。最終的に、牛乳パックと布を使った小物作りの本に決定した。
 お礼を言い、一緒にレジへ向かいながら、ふと訊く。
「おばさんは本屋さんに用事があったんですか?」
「そうなのよ、えーと……ああこれこれ」
 奥さんは、通りかかった棚から女性週刊誌をつまみ上げた。
「これが目的! やーねぇおばさんくさくてー」
 自分で言ってころころ笑う姿が愛嬌たっぷりで、つられて私も笑ってしまう。順番にレジを済ませ、連れ立って夕飯の買い物に向かった。

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