買い物を終えて帰宅し、仕入れたものを整理して、夕飯の支度にとりかかる。今日はオムライスを作ろうと思って炊飯器をセットし、少しうきうきしながら野菜を刻んでいると、玄関のチャイムが鳴った。
 大樹が返事をして玄関に出てくれる。私も行こうとしたが、出張に行っているはずの父の声が聞こえたので、行くのをやめた。刻み終わった野菜をボウルに移し、まな板を片付ける。
「姉ちゃん、お父さん早く終わったんだって~」
 嬉しそうな大樹と対照的な口調で私は、
「明日帰ってくるんじゃなかったの?」
 顔も上げずに言った。足元の棚からフライパンを取り出し、コンロにのせて火をつけ、油を敷いていく。
「ああ、えーと……急に予定が変わったんだ。ごめんな、青葉、連絡もせずに……」
 父の口調は弱気だ。こちらの一挙一動を窺われているようで、だんだん気分が悪くなる。
「その、向こうを出る前に電話したんだが、留守電に繋がらなくてな。後はずっと移動し続けで、上司とも――」
「もういいよ」
 私は父を遮った。フライパンへ乱暴に放り込んだ野菜が飛び跳ねて、数片床に落ちる。
 言い訳、言い訳。これ以上聞きたくなかった。
「お父さんのごはん、ないよ。帰ってくるの明日なんでしょ?」
「――姉ちゃん」
 大樹が口を挟もうとした所に、父の声が重なる。
「わかったよ。父さんはどこかで食べてくるから……寝に帰ってくるのは許してくれるか?」
「部屋はあるんだから好きにしたら?」
「ありがとう」
 父が軽く頭を下げ、踵を返す気配がする。その間もずっと、私の視線は手元のフライパンに固定されていた。
「姉ちゃん、お父さんかわいそうだよ……」
 ダイニングを出て行く父を見ながら、大樹が抗議してきたが、私はそれをはねつけた。
「いいの。今日はいないはずの人なんだから」
 それに、今日は元々二人分の計算で料理している。炊飯器も野菜もそうだ。多く作っていれば、父の分もよそう気になったかもしれないけれど。
 できたてのオムライスを、昨日までと同じように、大樹と向かい合って食べた。せっかく綺麗に卵が焼けたのに、空気は重いし会話はないし、全くおいしい感じがしなかった。
 ――父のせいだ。

 翌日、学校から帰ってきた私は、家の中にどれだけ材料があるか探した。
 飲料パックは、回収に出すために切り開いたものしかなかったので、今から集めないといけない。飾り付けの材料は、祖母が昔使っていた裁縫箱から、たくさん見つかった。着物の端切れや、無地のすべすべした布、布製の紐、いろいろな種類のボタン。私の趣味で飾り付けるよりも、ここから選んだ方が祖母らしいものになりそうだと思い、ありがたく使わせてもらうことにした。あとは接着剤があれば準備完了だ。
 父は昨夜何をしていたのか、今朝は私たちが出かける七時半になっても起きてこなかった。朝食の席に父がいないと大樹は寂しそうにするけれど、私の心はむしろ平和だ。ごはんを準備している周りを所在無げにうろつかれると、そちらの方が腹が立つ。
 もっとも、私が早起きしているのに寝ていられるのもそれなりに腹が立つので、たまに『食器洗い三人分』の宿題を置いていったりする。八時過ぎに家を出れば会社には間に合うらしいから、特に起こしもせずに放っておいて、家を出る間際に声を掛けていくのがこういう時の常だった。

 夕飯の支度をしている途中で、遊びに行っていた大樹が帰ってくる。料理が大体出来た所で、大樹を呼んでテーブルを拭かせ、その間に私は盛り付けをして、運ぶのは二人でやって、いただきます――というのがいつものパターン。でも今日の大樹は、早いうちからダイニングのテーブルに座って、私が仕入れてきた本を物珍しげにめくっている。
「どれ作るの、姉ちゃん?」
「ティッシュケースと小物入れがくっついたやつ。しおり挟んであるとこだよ」
「へー」
 そのページを開いて難しげな顔をする大樹。
「作れんの?」
「頑張って作るの。あ、今度から、牛乳とかジュースとか飲み終わったら、パックきれいに洗っといてね。それに使うから」
「へーい」
 会話が途切れ、野菜を切る音だけが残る。少しして、大樹がドキリとすることを口にした。
「お父さんには作んないの?」
「……えー」
 私は露骨に嫌そうな声を出したと思う。大樹が口を尖らせた。
「かわいそうじゃん、なんか作ってあげようよー」
「うーん……」
 わざと考えないようにしていたのだ。あの父には作ってあげたくなかったから。けれど、あげなかったらあげなかったで、子供っぽく反抗しているのを見透かされそうで何だか嫌だ。
 ……どうしよう。
 私の葛藤をよそに、大樹はまた本のページをめくり始めている。それを横目で見ながら、刻み終えた野菜をボウルに移し、まな板と包丁を水洗いして片付け、
 ふとひらめいた。
「じゃあさ、大樹がお父さんを担当してくれる? 私がおばあちゃんで、一個ずつ」
「やるやる! 今見てたんだけどさ、このペン立てとかコモノイレとか、おれでもできそう」
「じゃあ決定ね。作りたいもの、決めれるようなら決めちゃって」
「へいへーい」
 やる気満々である。大樹なりに、何かしたくて仕方なかったらしい。
 しかし野菜を炒めながら、私の頭の中には、性根の悪い考えが次々と浮かんでいた。大樹は私よりは下手に作るだろうから、それをお父さんに回すので丁度いい。おばあちゃんには甘い匂いの残ったジュースのパックを使って、お父さんには牛乳パック。おばあちゃんのはうんと丁寧に組み立ててあげよう。お父さんの飾り付けは、古着とかを切って貼れば充分だよね――などなど。
 心の狭いやり方なのは自覚している。でも、たまった不満を晴らすのに、私はこれ以外の方法を知らなかった。

←戻る進む→