(3)
「うーん…」ナチュラルが一声うめき、目を開けた。
「お目覚め?」
フィスは吹いていた楽器から口を離す。あの後、洞窟の奥までもぐって詩譜を見てから、荷物その他を抱えてここまで戻り、ナチュラルに解呪の吟誦魔法を聞かせていたわけだ。
「あれー、夜…?」
「倉庫の入り口だから薄暗いだけ。外はまだ夕方よ」
「あー、そうなんだ…」
魔法が抜けていないナチュラルは、声が変に間延びしている。
「あれ、レガートって、ちゃんと治ったの?」
「…あんた、誰のせいでぶっ倒れたと思ってるのよ」
楽器を片付けながら、レガートとのやりとりをかいつまんで聞かせると、ナチュラルは目を丸くする。
「信念は分からなくもないけど、迷惑な話だわ。記憶を吹き飛ばして眠らせといたから、あいつ、明日まで起きないはずよ」
「風邪引いちゃいそう…」
「それくらいは自業自得」
フィスはすましたものだ。
「殺したわけでも縛ったわけでもないんだから、感謝してほしいくらいだわ。あたしが温厚な音使いでよかったわよね」
「温厚…?」
首をかしげて呟くナチュラルに、フィスは目を細める。
「何よ、異論ある? 実力行使もしないし、幻呪も狂乱もやらなかったのに――」
「異論ないよ~。フィスにしては充分温厚だと思う」
「…にしては、ってあんたね」
つっかかろうかと思ったが、やめておく。
「――ほんとにもう、とんだ騙し合いだわ。まさか詩譜詠みだったなんて…気付かないあたしも馬鹿だったけど」
「あれ、気付いてなかった?」
軽く自己嫌悪しているフィスに、ナチュラルが追い討ちをかけた。
「最初から、音使いか詩譜詠みみたいな声だったよ? こんな人でも"酔う"ことがあるんだなあ、って思ってたんだけど、違ったみたいね」
「詩譜詠みの声、とかどうやって聞き分けてるのよ…?」
「どうって言われても…魔法を聞ける人の声って何となく特徴的だから、普通に分かるよ? フィスもレガートも、耳に残る感じの声してるの」
「…あたしには誰の声も特徴的に聞こえるんですけど」
言うと、ナチュラルは苦笑した。
「音使いって、変なところで不器用なのよねえ」
「悪かったわね。どうせまだ未熟よ」
フィスは溜息をつき、話を変える。
「そろそろ落ちついた? 夜になっちゃうし、動きましょう」
「了解~」
ナチュラルは、いつもの調子で返事をして身を起こした。
「今日はカヴァティーナで宿探しね」
「うん、お金も手に入ったし。お魚か何か、美味しいもの食べたいな~」
それぞれの楽器と荷物を持ち、町の方へ上がる階段に向かって歩く。いつの間にか、少し膨れた半月が空にかかり、夕焼けの残り日とともに二人を照らしていた。