(2)


 翌日も、町のあちこちを見物しながら、折に触れて人々に彫像について尋ねてみたが、由来について語ってくれる者は特にいなかった。大人も、広場の子供と同じように、当たり前のものをなぜそんなに気にするのか…といった風情である。
 彫刻家が住んでいるわけでないのなら、彫刻家の養成所でもあるのだろうか。あるいは市にやってきた美術商なり古物商なりが、この町を気に入って、彫像を寄贈したのでは…と、考えを巡らせてみる。しかし、町中にあふれるほどの数だ。どんな理由にせよ、町の誰も知らないことがあるだろうか。
 あるいは昔のこと過ぎて、若い人々には伝わっていない話なのかもしれない。
 この町には自警団があり、それは年配の男たちで構成されているという。彼らに訊いてみるのも、良いのかもしれない。


 宿屋の一階は食堂で、晴れの日には他の客も来ていたが、雨となると本当に人がいない。再び雨が降ったその日の朝も、最初の夜と同じく、食事を摂っているのは青年だけだった。
(外に出てみるかな…)
 食べ終わって席を立ちながら、そんなことを考える。雨の日の町の表情がどんなものか、もう一度確かめたかった。
「ちょっと出かけてきますよー」
 奥へ向かって声を投げ、出入口の戸に手をかける。そこへ、宿の子供が後ろから飛びついてきた。
「だめ、いっちゃだめ!」
「…おいおい」
 必死の態でしがみついてくる子供に、青年は苦笑した。
「大丈夫だって、ちょっと歩いてくるだけ。昼飯時には戻るから」
「だめ! 雨の日はおうちにいなきゃだめなの!」
 青年は弱ったな、と頭を掻く。声を聞きつけて母親が厨房から出てきた。
「どうしたの、失礼なことしちゃだめでしょう」
「だっておじちゃんが外に行くって…」
「行きたいんですが、離してくれないんですよ」
 青年が両手を広げてみせると、母親はすまなそうに頭を下げた。
「申し訳ありません。ですけど、それについてはこの子の言う通りなんです。雨の日の外出は遠慮していただけないでしょうか?」
「どうして…雨だと何かあるんですか?」
 変な所のふたつ目がこれだった。奇妙な風習だ、と思う。
「雨の日はね、空気が違う世界とつながっちゃうんだよ。ずっと未来の世界とか昔の世界とか」
 子供が勢い付いて言ってくる。母親がそれに賛同するのが面白いところで、
「そういう世界へかどわかされないように、雨の日には、家にいないといけないんです」
 …ということらしかった。
「それは、あなたたちの信仰か何かですか?」
 青年が訊くと、母親はゆるゆると首を振る。
「信仰とは少し違うと思います…ただ、ここでは皆、そうしていますので…」
 説明を求められても困る、とでも言いたげな、頼りない答が返ってきた。


「あんた、最近来た人だね?」
 翌日は晴れたので、町の空気を楽しんでいると、腰に短剣を差した年配の男に呼び止められた。青年が肯定すると、男は無精ひげの生えた頬をゆるめる。
「そうだと思ったよ。この町はどうかな? 気に入ってくれているように見えるが」
「そうですね、居心地いい町だと思いますよ。少し不思議な所もありますけど」
「ああ、彫像と雨の日の掟のことだね」
 男は表情を改めた。
「実は、あんたに頼みがあってね。その二つについて、町の者にあれこれ訊いているようだが、やめてほしいんだ。皆、どちらも自然なことと思って暮らしている――いや、意識してもいないかもしれないな。どちらもこの町では当たり前なんだ。いたずらに困らせないでくれると、有難いんだが」
「ああ、迷惑だったんならすいません。どうも俺は根っこが好奇心の塊みたいで。気になってしまうと、ついつい」
 思う所をさくさく話すと、男は軽く溜息をついたように見えた。
「どうしても気になるなら、私たち自警団に訊くといい。これが目印だ」
 そう言って、腰の短剣を示す。自警団。青年が眉を上げると、制するように男は言葉を続けた。
「ただし、聞きたければ、あんたが町を出る時にだ。今はその時ではない…まだ出て行く気はないだろう?」
 その通りだったので頷いたが、何か見透かされているような、奇妙な心地がした。

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