序
九月下旬、子供たちの夏休みボケもそろそろおさまってくる季節。ここは小学一年生の教室だ。給食が終わって昼休み、外が晴れているせいか、教室は割に閑散としている。残っているのは、まだ食べ終わっていない子供と、外遊びよりおしゃべりやお絵かきを好む女の子たち、そして担任教師。――いや、一人外遊びの好きそうな男子が混じっているな。
「なあケー太、いこうぜ~」
抑えた声で隣の子供に話しかけているのは、比較的背が低くて細っこい、悪餓鬼タイプの男の子だ。机についた手の陰に、『堺伸平(さかい しんぺい)』と書かれた名札が見え隠れしている。
「えー、でもこわいよぉ」
箸を片手に渋っているのは、ぽっちゃり型の男の子。食べるのが遅いようで、給食の月見コロッケが、まだ半分残っている。名札の文字は『三谷慶太郎(みたに けいたろう)』だ。
「だいじょーぶだって、ひるの七ふしぎってそんなにこわくねーから。ふたばきょうしつでまってんのヒマじゃん?」
「堺君、お話ししてたら三谷君が食べられないでしょ!」
「はーい!」
担任からの横槍に返事だけして、伸平はさらに誘いかける。
「なあ、いこ~ぜ~」
駄々っ子か、おまえは……。
慶太郎は、このままでは給食が終わらないと危惧したのか、渋々頷いた。
「わかったよう。いくだけだからね」
「っしゃ」
伸平が机の下で、軽くガッツポーズした。
二人は同じ町内に住む友達同士だ。小一の足では徒歩一時間、という学校から遠い地区のため、しばしば親が車で迎えに来てくれる。迎えのタイミングは、大抵五時間目終了の時間――しかし今日の一年生は、昼休み後の掃除が終われば放課になってしまう。親や兄姉を待つ児童のために用意されている部屋・ふたば教室で、空き時間を過ごすのは退屈だと思った堺伸平、校内の七不思議スポットを回ってみようと思いついたらしい。
◆
昼休み後の掃除が済み、二人は教室で落ち合った。まだ校内はざわついているが、あと少しで五時間目が始まる。それで一気に静かになるはずだ。
「さいしょにどこいくの?」
「さんぽするじんたいもけい」
慶太郎の問いに、伸平はさらりと答える。
「えーっ」
しりごみする慶太郎の肩を叩いて、
「だいじょーぶだって、じんたいもけいってすげーこわがりなんだってさ。みつけたら、『せんせいにいわないでー』ってなきついてくるらしーぜ」
「……そうなの?」
「そーそー。まずはりかじゅんびしつにいるかどうかみてこよー」
伸平が完全に主導権を握ってしまっている。
「りかじゅんびしつは一かいのだい一りかしつのよこでありますっ! レッツ・ゴーっ」
タイミングよく、五時間目開始のチャイムが鳴った。