数分後、気を取り直した伸平と、引きずられた慶太郎が向かった先は、同じ二階の三年生教室の方向だった。正確には三年資料室。今度の不思議は「開かずの資料室」らしい。
 三年生は全部で四クラスだ。先が行き止まりになった廊下の、左手に四つの教室が、手前から順に四組・三組・二組・一組と並ぶ。そして右手に、手洗い場・便所・資料室が配置されている。資料室は一番奥。二組と一組の境目あたりまで、廊下を進んでいかなければならない。
 三年生の五時間目は、どのクラスも教室で授業をしていた。その外の静まり返った廊下を行くのは、なかなか度胸が必要だ。姿勢を低くしてすたすた歩いていく伸平に対し、慶太郎はまだ「ジゴクの電話」でのショックが抜けていないらしい。近くの教室から聞こえてくる教師の声が途切れるたびに、びっくりして立ち止まっている。
『ナニしてんだよ、ケー太っ』
 伸平が振り向いて呼ぶ。
『だってみつかったらどーすんのっ』
『だいじょぶだって、オレらはもうホーカゴなんだからっ』
 まあそれは正論だが……伸平、授業の邪魔はしないようにな。
 資料室の扉にたどりつく。引き手の下に、鍵穴がひとつ付いた引き扉だ。普段は施錠されているこの扉が、もし授業中に開いていたら、その先は別の世界になっている――というのが「開かずの資料室」である。
『……いくぜ?』
 伸平が、静かに深呼吸してから扉に手をかける。そろそろと力をこめていくと――がた、とやや大きな音をたてて、扉が横に滑った。
『……あいた』
 ぽかんとする伸平の横で、慶太郎が大慌てで周りを見回している。幸い物音は気付かれなかったらしく、教室から先生が出てくる気配はなかった。胸をなでおろす慶太郎。その間に伸平は、扉をさらに開いている。頭が入るほどの隙間を作り、中をのぞきこむ。
『なんかフツーだなー……』
 暗幕が引かれて薄暗い資料室には、ダンボールや教科書の類が積み上げられ、何かの模型や地図らしき巻物、馬鹿でかい三角定規や図画工作の作品などが、所狭しと並んでいる。一年生には見慣れない物体も混じっているが、特に異世界めいた感じはしない。
『べつのせかいじゃないの?』
『ぜんぜん。……でもなんかひんやりしてる』
 慶太郎がぎょっとする。
『入ってみっか?』
『や、やめようよ、でてこれなくなったらいやだよ』
『そーだなぁ』
 伸平、あっさり納得。室温が低いのは日当たりが悪いせいだと思うが……まあ不気味に感じるのも分かる気はする。
 資料室の戸を閉め、来た道を戻る。中央廊下に出る見通しのいい所で、伸平が不意に立ち止まった。
『そーいえば、どっかにじんたいもけい、あるいてねーかな?』
 きょろきょろと辺りを見回すものの、それらしい影はない。
『……まあいっか、つぎいこー』
 今度は四階、第二音楽室のピエロポスター。教室後ろの掲示板に貼られたピエロのイラストが、構えているアコーディオンを演奏しだすらしい。

 四階へ向かって階段を上るに従い、きれいな歌声が近付いてきた。音楽の授業中なのは高学年なのだろう、上手にハーモニーができている。
『これ、「ふるさと」ってうただよ』
 お、よく知ってるな、慶太郎。私も好きな歌だ。
『ヤバいぞケー太、だい二おんがくしつがつかわれてたら、ピエロがみれねーよ』
 心配しているのは伸平だ。さてどうだろう。
 階段を上り切り、右に曲がれば第一音楽室と家庭科室、左に曲がれば第二音楽室と音楽準備室がある。歌の出所は、どうやら左側のようだった。
『えー、マジかよー』
 それを察知して、伸平が不満の声を上げる。
『いちよういってみる?』
『いく!』
 慶太郎の提案に伸平がこぶしを握りしめ、二人して廊下を左に折れる。ぬき足、さし足、しのび足。歌声のおかげでそんなに気を張る必要はないけれど、それでも充分気をつけて……と、そのとき突然廊下が静かになり、二人はぴたりと立ち止まった。歌が終わったのだ――しかし「だるまさんが転んだ」でもやっているようだな、君たちは。
 教師がしばらく何か話し、再び歌が始まる。二人は移動を再開する。教室後ろ側の戸から中をのぞきこむ。
『……うごいてないね、ピエロ』
『つまんねー』
 伸平は口をとがらせる。そそくさと頭を引っこめ、とりあえず戸のかげに隠れた。
『おわるまでまってたらうごくかな?』
『えー、めんどくさい』
『じゃあどうする?』
 慶太郎が歌にまぎれて訊くと、伸平は上を指さした。
『おく上いこーぜ。しんだ子どものユーレイが、おく上からたいいくをみてんだってさ』

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