「あー、びっくりした……」
 再びへたっている慶太郎である。
「もうかえろうよぅ、ふたばきょうしつにいこうよぉ」
「まーまー、あといっこだから」
 伸平が慶太郎をなだめつつ、やってきたのは三階多目的室。教室前方に大きな黒板、後方隅に掃除ロッカー、窓と反対側の壁にはピアノと移動式ホワイトボード。設備はそれで全てという、白くてだだっ広い部屋だ。そして、ここに出ると噂なのが、『ひっかけさん』という正体不明の幽霊だ。
「ひっかけさんってなにするの?」
「いろいろ。足ひっかけてこけさせたり、へんなことしゃべらしたり」
 再び伸平が解説する。変なことを喋らせるというのは、舌をもつれさせるのか、それとも思考回路に足払いをかけるという意味だろうか?
「これはほんとにでるんだってさ。とりあえずあるいてみよ~」
 その時だった――五時間目終了のチャイムが、多目的室いっぱいに鳴り響いた。
「わあっ!」
「げ……」
 慶太郎が大げさに驚き、伸平は顔をゆがめる。そのまま固まってチャイムを聞き、鳴り終わった瞬間同時に脱力。
「……じかんぎれだね」
 慶太郎が、残念なような安心したような顔で言う。諦め切れないのは伸平で、
「もーちょっとまってみよーぜ、きえそこなってるかもしれねーし、じんたいもけいもいるかもしんねーじゃん?」
 そう言って、歩き出そうとする相方を引き止めた。
「……まつだけ?」
「だけ」
 それなら、と慶太郎は伸平の隣に戻る。周りに気を配りながら棒立ちすること数十秒――勢いよく背中を叩かれて、二人は飛び上がった。
      ◆
「わ、で、で」
「このひっかけ……」
 目を白黒させて振り返った二人に、背後の人物は悪びれもせず片手を上げる。
「よー、伸平にケー介」
 二人と同じ町内に住む四年生、寺林亮太(てらばやし りょうた)だった。
「び、びっくりした……」
「なにすんだよ!」
 へたりこむ慶太郎、怒り出す伸平。まあ無理もないが。
「つーかなんでいるんだよっ」
「今からここでクラブ会議♪」
 亮太はけろりとした顔で、筆箱を投げては受けとめしてもてあそんでいる。なるほど、周りを見れば、他の上学年児童も三々五々集まってくる所だ。
「一年って、今日は午前で終わりじゃなかったっけ? 何してんの」
「ナナフシギたんけんっ!」
 伸平が胸を張ると、亮太は筆箱で伸平の頭を小突く。
「何だよ、おれもさそえよなー。七つ全部行ったのかよ?」
「うん、いった」
 伸平が指折り数えて回った場所を説明する。
「へぇ。ユーレイ見れた?」
「みれなかったよ」
 慶太郎が首を振る。
「何だ、さがし方下手クソだな~」
 伸平、カチンときた顔。しかし反抗する前に、亮太が新情報で、生意気一年の口を封じた。
「おまえら、七不思議に昼バージョンと放課後バージョンがあるの知ってるか? 第二音のピエロって放課後の方だから、授業中に行っても見れないんだぞ」
 伸平の顔色が変わる。
「マジで!? じゃあピエロじゃなかったらなんなの?」
「えーっと、ちょっと待って。ゲタ箱増えるのは放課後で、ピアノも放課後だし、ドールさん……も放課後だよな……あれ?」
「ドールさんって?」
「三階の男子トイレにさ、暗い時間に入ったらユーレイ出るんだよ。女の子で、『私のお人形を返して~』っていうの」
 亮太の形相に、慶太郎がびびり顔になる。ほどほどにしてやれよ、亮太……それにしても、つくづく不思議の多い学校だ。
「だめだ、思い出せねえや」
 亮太は頭をかいた。すかさず伸平が蹴りを入れる。
「おもいだせよー」
 クラブの代表らしい男子児童が、「来たやつから並べー」と招集をかけ始めた。
      ◆
 やれやれ、肝心の私に関する不思議が忘れられているとは。和室でお茶を飲む先生の幽霊、なんて小学生にとってはインパクトが薄いのかもしれないが……。とりあえず数少ない『本物』の一つだったのだがな。機会があれば、今度は誰かの前に現れてみるとしようか。
 まあ、とにかく小学生たちは見ていて飽きない。授業で子供特有の想像力を発揮したり、遊びに夢中になっていたり。今回のように、楽しい冒険を始める子供もいる。それを眺めていると、ここに留まっているのも悪くない、と思うのだ。

おわり

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