夜の小学校は、昼間とは全く異なる空気に包まれる。元気にはしゃぐ子供たちの姿がなければ、校舎内の空間はひたすら虚ろな気配で満たされ、その中を緑色の非常灯が彩る――まさに怪談の舞台にぴったりの場所だな。
 季節はちょうど夏休み、これまた怪談にぴったりである。そして今夜は学校に、夜にはそぐわない子供たちの声が近付いてきていた。
      ◆
「どうせならお盆の時にやれば、ユーレイがうじゃうじゃいて面白かったんじゃねーの?」
「お盆だったらみんな里帰りしてて集まれないでしょうが。それにねー、お盆のあとだと帰りそこなったユーレイが漂ってて、これまた風情があるんだなー」
 わざと大きな声で、リーダーの女子児童が言う。本人はおそらく、幽霊自体信じていないクチだろうな。

 子供たちが、総勢十一名。夏休みの予定で肝試しを企画している校外班があったが、今日がそれの決行日ということらしい。

 ペアと順番を決めるくじで、ひとしきりわいわいやってから、
「はいはーい、説明するよー」
 校外班長・六年の水越千景(みずこしちかげ)が、手を叩いて子供たちのお喋りをやめさせる。
「まず、回る順番でーす。途中で他の人と会わないように考えたんだから、ちゃんとこの通りに行くんだよー」
 各ペアに一枚ずつ、順番を書いた紙を渡していく。本格的なことだ。
「チェックポイントには封筒が置いてあって、その中にこんな紙切ったやつが入ってまーす。一枚ずつ取ってきてねー」
 しおり状に切った画用紙を取り出し、ひらひらと振ってみせる。
 夜に学校を開けるため、校外班の担当教諭も付いて来ていた。四、五十代の女性教諭であるが、彼女は特に口も出さず、ニコニコして校外班長に場を任せ切っている。よほど信頼しているようだ。
「では、きもだめしを始める前に、校外班長からひとつ怖い話をしまーす。今日は夜版の七不思議スポットを回ってくわけだけど……」
 そこで軽いノリを一変させ、千景は重々しく言った。
「実は夜には、八番目の七不思議があるんだって」
 子供たちは一斉に悲鳴を上げたが、その中でぼそぼそと呟く者が二人ばかり……
「……七じゃねーじゃん」
「……じゃないよな」
「そこ! 突っ込まない!」
 同級生の狩田陽介(かりたようすけ)と、二年の堺伸平(さかいしんぺい)に調子を乱された千景、ひとつ咳払いをして先を続ける。
「っと、昼の七不思議に、和室でお茶を飲む先生のユーレイってあるじゃんね? その先生が、実は夜の学校のヌシなの」
 ……私の話かい。別にヌシを気取っているつもりはないのだが。
「前にも私たちみたいに、肝試しをやろうとした子たちがいたのね。でも、その子たちは校外班の行事とかじゃなくて、夜中に学校に忍び込んで探検しようとしたんだって。……」
 探検していた子供たちは、途中で男の先生に出くわした。彼が当直の先生だと思った子供たちは、帰りなさいと言われるのも聞かず、もう少し探検したいと駄々をこねた――気分が高揚していたせいもあったのだろう。すると先生は、そうか、まだ帰りたくないか、と呟き、子どもたちを手招きした。向かった先は通常教室、何やら普通の休み時間のようなざわめきが聞こえてくる。おかしい、と思った時にはもう遅かった――
「それっきり、その子たちは帰ってこなかったんだって」
 千景が言葉を切ると、場がしいんと静まり返る。
「だから、みんなも余計な所に入ったりしたら、幽霊先生が怒って、あの世の小学校に連れて行かれちゃうかもよー。おとなしく回って来ること! 特にそこの二人!」
 指差された陽介と伸平が首をすくめた。
 さすが六年生、上手くまとめたな。誤解と偏見はあるが、まあ気にしないでおいてやろう。教師たるもの、子供の元気さ、無遠慮さを受け止めてやるのも仕事である。
「それじゃ、五分おきにスタートしていきますよー。最初は伸平と慶太郎だね。行ってらっしゃーい」
 三谷慶太郎(みたにけいたろう)は、伸平と同じく二年生。細身でやんちゃな伸平とは、体格も性格も反対のデコボココンビだ。このチームに付いて行くとするか。
 夜の学校側としては、久しぶりの訪問者ということで、色々と喜ぶ奴もいそうだし……な。

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