次のチェックポイントは、中央廊下を通って反対側のブロック、五年教室前の男子便所だ。ここの怪談は、ドールさん、という。暗い時間に入ると女の子の幽霊が出て、「私のお人形を返して~」と言いながら襲って来る、というものだ。
 ドールさんは、実際にあった話が元になっている。昔、といっても私が現役でいた頃よりはずっと最近だが、五年生の一教室でいじめがあった。標的は一人の女の子。服装も態度も成績も目立たない子で、ランドセルには、母親が作ってくれたというウサギの編みぐるみを下げていた。母子家庭だったそうで、何かと苦労があったのだろう。いつもどことなく疲れた感じを漂わせていた。
 この女の子がいつからか、バイキンと呼ばれてのけ者にされ始めた。そして、そのいじめの中でクラスメイトたちが、ウサギの編みぐるみを取り上げてしまったことがあったのだ。
 女子が取り上げて男子に渡し、男子がそれを男子便所に持って入って隠した。そして女の子が泣きながら探すのを、面白がって見ていたのだ。高学年ともなれば、もう少し分別が付いても良さそうなものなのだが……。
 幸い、教師の仲介もあって、彼らが六年に上がる頃にはいじめは止んだ。女の子はきちんと小学校を卒業し、今もどこかで元気に暮らしていることだろう――結局ドールさんは、他の多くと同じく架空の幽霊ということだな。
 ……こんな昔話を覚えていて世話を焼くから、ヌシだとか言われてしまうのかね。学校の主役は子供たちのはずなんだが。

「ふうとうあったー」
 便所へ入り、洗面台に貼り付けてあるのを伸平が発見する。とったぞー、と慶太郎にしおりを渡しながら、
「千景さんがはったのかな、ここも。おとこおんなだよな」
 と失礼なことを口にする。つられて笑いそうになった慶太郎だが、
「やめようよ、ドールさんが怒っちゃうよ」
 顔を引きつらせて伸平を促した。
 五年教室の前を横切り、二階へ下りる階段へ向かう。とりあえず五年二組の教室は覗くなよ、二人とも。ドールさんじゃないが、怒りそうなのがいるからな。

 この五年二組で飼われていたハムスターが、夏休みの中頃から放ったらかしにされ、登校日で皆が来た時には死んでしまっていた――という事件があったのは、七年ばかり前の話。世話当番は決めてあったものの、無責任にも誰一人来なかったわけだ。
 事件の前から、可愛い可愛いと指やシャープペンシルでつつかれ、頬や首根っこをつままれ、給食の残りを食べさせられては腹をこわしていたハムスター、よほど腹に据えかねていたのだろう。その後、復讐だとばかりに教室に居座るようになってしまった。こんな扱いをされていれば、誰だって頭にくるに違いない。
 今が一番、叫びにならない叫びを上げている時期だ。教室に入ったら、助けてくれとくっついてこられるか、ばかやろうと攻撃されるか、二つに一つ。落ち着いている時期には可愛い奴なのだが……つくづく、生き物は大切にしないといけないな。

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