千景にニコニコと送り出され、伸平と慶太郎は、最初のチェックポイントがある体育館に踏み込んだ。内履きは持ってきていないため、二人とも裸足。床の冷たさが恐怖感を倍加させる。
「くらいよぉ……」
「ピアノってえいごの歌うたうんだよなっ」
 ……おっと、怖がっているのは片方だけか。
「きもだめしー♪ きもだめしー♪ うんこちびるぜ、きもだめしー♪」
 元気がいいのは結構だが……うんこはやめておけ、伸平。
「こわいよぉー」
 慶太郎はといえば、伸平のノリに笑う余裕も無くびくついている。
「わっ!」
「わあぁー」
 だから脅かさないでやれよ、伸平。

 ここの不思議は、各種式典や学習発表会で活躍するグランドピアノが、女性の声で英語の歌を弾き語りする――というもの。戦争の時に死んだ外国の女の人が取り憑いているんだ、という専らの噂である。

 問題のピアノは、ステージ脇の用具庫におさめてある。入口の引き戸は、鉄製で重い上に滑りが悪く、小柄な伸平がぶら下がるようにして開けると盛大に軋む。その音がどうにも嫌らしく、慶太郎は耳をふさいで縮こまっていた。
「あいたぜー」
 伸平が告げ、器具庫の中に懐中電灯を向ける。ピアノの他にも、カラーコーンや得点版、バスケットボールの入った籠にロッカーと、雑多な道具がいっぱいだ。それだけ暗がりが増え、何かが隠れていそうな気分になってくる。
「ケー太、あれ!」
「え!? え!?」
「うそでしたー」
 そんなこんなでピアノの上に、「チェックポイント1」と書かれた封筒を見つけ、中から紙を一枚抜き出す。そのしおり状の画用紙片は、慶太郎がしっかりと握りしめた。

 体育館から校舎へ、渡り廊下を使って移動する。校舎に入ってすぐの階段が、次のチェックポイントだ。
 千景の設定した順路では、一階から四階まで一気に上ることになっているが、不思議の舞台は三階から四階へ上る階段だけだ。三階から踊り場まで十二段、踊り場から四階まで十三段、計二十五段。それを数えながら上り、もし増えたり減ったりしていれば、後ろに幽霊が立っているから振り返ってはいけない――というのがこの階段の不思議である。

 二人はひとまず三階まで上り、そこから小声で段を数え始めた。
「いーち、にーい、さーん……」
 慶太郎はすっかり怖がって、半ば伸平にしがみついている。
「ごーお、ろーく……」
 しかしこの二人、息も切らさず元気なものだな。
「きゅーう、じゅう、いち、じゅーに、じゅーさん。……ふえたぜ、かいだん」
 真顔で宣告する伸平に、慶太郎が慌てる。
「まってまって、なんかとばしたよね??」
「あ、バレた? じゃーもう一回」
「だめだめだめ、ユーレイがいるよぉー」
 くるりと後戻りしようとする伸平を、慶太郎が必死で止める。
 これは肝試しの間中からかわれ続けるかな……かわいそうに。大丈夫、私は何もしないし、私以外には何もいないぞ。今の所は。
「いーち、にーい……」
 残り半分を数え始めた伸平。今度は無事、数が合った。慶太郎が胸を撫で下ろした。

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