階段を上りきると、四階廊下の端っこに出る。右手すぐが、次のチェックポイント、第二音楽室だ。ちなみに階段のチェックポイントは、上がりきった正面の壁に、お化けのイラストつきの封筒が貼り付けてあった。
 第二音楽室後方の掲示板には、ピエロのポスターが貼られている。大きな切れ込みの入った襟、袖と裾の膨らんだカラフルな衣装を身に纏い、二股になった帽子の先には丸い飾り。目は十字形にデフォルメされて、頬には涙と星のマーク。赤丸の鼻に、紅で大きく描かれた唇もコミカルだ。
 そんなピエロが、アンティーク調の茶色いアコーディオンを構え、片足に体重をかけて立っている。年季の入ったポスターで、日に焼けて色褪せかかっているのが、いかにも何か憑いていそうではある。このピエロが、夜中になると陽気に弾き歌いを始める、らしい。

 二人はポスターの前に立ち、エイッと懐中電灯を当てた。浮かび上がったピエロの顔が一瞬心臓を縮ませたものの、それだけだ。
「ピエロ、うごいてないね」
 ホッとしながらも、言った瞬間動き出されたらと恐れてか、慶太郎の視線はポスターからそれて泳いでいる。伸平は対照的で、
「つまんねー」
 口をとがらせながら、じろじろとポスターを眺め回していた。
 ピエロポスターの隣に、チェックポイント3、と書かれた封筒が画鋲で留めてある。そこからしおりを一本抜き出し、慶太郎がしっかりと握りしめて、次の不思議へ向かう。

 そんな二人の背中を、教室前方、音楽準備室へ通じる扉のガラス窓から窺う人影があった。細くて小柄な、伸平に似た体格だが、伸平より遥かに気弱そうな女の子。
 何十年か前にこの学校に通っていた児童だ。喘息持ちで思うように歌えず、音楽の授業を苦にして、けれど歌そのものは大好きで、よく準備室に隠れて級友の歌声を聞いていた。長くは生きられなかったと噂に聞いたが、この場所が忘れられないらしい。
 …………

 音楽室を離れて、さっき上ってきたのとは違う、中央の階段を下りる。上ってくる子供と出くわさないように、という千景の計算だ。
 三階まで階段を下りると、目の前に中央廊下が伸びている。そこを通るのは後回しにして、まずは右側へ。四階で言えば、第二音楽室の反対方向だ。そこに図工室がある。
 ここの不思議が一番グロテスクな内容だな。何しろ、誤って自分の手首をのこぎりで切り落としてしまった男子児童の幽霊が、その断面から血をしたたらせながら、なくなった手首を探しているというのだから……。
 工作や版画制作といった授業内容上、どうしても流血事故は起きる教室だが、さすがに完全切断は有り得ないだろう。まあしかし、そこは怪談だ。

 図工室に着いた二人、そろそろと入口を開ける。中に入った瞬間、慶太郎がビクッとした。図工室の床は板張りだ。廊下との感触の違いにギョッとしたらしい。
「ふうとうどこかなー……」
「しんぺいくん、なんか出そうだよぉ」
 慶太郎はすっかり怯えてしまっている。
「――ケー太、あれ!」
「わあぁ」
 ……またか、こら。
 懐中電灯の光が教室内を払う。六人掛けの大きな机が六つ、壁際の陳列机、ロッカー、制作中の絵を乾かすラックに窓際の手洗い場、と物が多くて広い教室だ。
 封筒は、入口から一番遠い机の上に置いてあった。二人してそこへ行き、しおりを入手。次へ行こうそうしよう、と踵を返した彼らの視界の端に、何か白っぽいものが映る。
 伸平がそちらへ光を向け、慶太郎が悲鳴を上げた。
「て、て、……!」
 手洗い場に人の手首が落ちていた。
 ――いや、落ち着いて見れば本物にしては白すぎるし、根元には四角い台も付いている。
 塑像だな。おそらく石膏。
「い、行こうっ」
 伸平は偽物だと気付いたようだが、それにしてもこれは怖い。逃げるように教室を出て行った。

 ……やれやれ。
 教室内を見回すと、隅の方に男の子が立っている。十年ほど前に交通事故で亡くなった児童、好きだった科目は図工と体育。彼は七不思議とは関係ないが、いたずらをするには図工室が楽しいらしい。
 ……さっきまでここにこんな像はなかったよな? お前はもう六年生だろ、小さい子を脅かすんじゃない。
 男の子は得意そうにニコニコ笑い――顔が血まみれなのでそれなりに怖いが――、今度は水彩作品を持ってきた。水を守ろう、という趣旨のポスターらしく、透明な水を掬った人の手がアップになっている。
 ……あのなあ。片付けてきなさい。
 彼は口をとがらせ、塑像と絵を元の場所へ戻しに行く。やんちゃなだけで悪い子ではないんだが。
 もう脅かすなよ、と釘を刺し、私は図工室を離れた。さて、二年生二人はどこまで行ったかな。

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